おひなさまの季節が参ります。
輪島の奥田志郎さんが命がけで壊れた家から引っぱり出し、整理が終わりましたものを少しずつ出させていただいています。これは皆朱の7.5寸段違い重のうち、一番上の段を干菓子器に、二番目の段を主菓子器として使ってみました。大勢の御友人とたのしい茶話会というのは如何でしょうか。二番目と三番目は同寸法、一番下の四番目は少し深くなっています。お皿として鉢として、おしゃれに使っていただけるのではないかと考えてみました。
お重箱はお正月のものと決めこまないで自由に使いこなせば、とてもたのしい入れものになります。お寿司を盛る、おにぎりを盛る、お煮物(筑前炊き)を盛るなど、さまざまにお使いいただくと大変有用な器になると思います。お試し下さいませ。
干菓子 京都 亀屋伊織
主菓子 大阪 菊壽堂
お皿は古川章蔵さんの桃の絵の5.5寸皿です。
この頃はご家庭でおせちをお作りになることも減って参りましたが、そもそもお節とはここに立ち帰って素朴な御家庭料理であればと心よりそう思うところでございます。
しっくりと煮た牛蒡やお芋やれんこん・にんじん等お煮〆類、そして四種の肴(黒豆・たたき牛蒡・ごまめ・数の子)これだけあれば食い積み、お節会でございます。以前、辻留御主人の故辻嘉一先生もこれだけはおうちで作って下さいねとおっしゃっていたのを思い出します。豪華な材料で召し上がる料理屋のものは主に酒の肴は美しいものですが、何か「違うな」と感じるのは古いのでしょうか?
四段重は先にご紹介しております黒内朱段違いの、皆朱に塗ったものです。合わせた取り皿は須田菁華さんの梅の5寸赤絵、やはり菁華さんのもの、存在感があり、技量のたしかさを感じるものです。折敷は「これ以上の敷物はない」といつも申しております朱尺正方角切折敷。銚子は錫のようびオリジナルの酒器。ゆり工房さんがいつも心をこめて作って下さっているものです。屠蘇飾りはようびがお願いしている大阪・澁谷製、盃は守田漆器さんの極薄手の盃で、口当たりの心地よい盃でございます。
美しい形のしかも入れ心地のよいお重を作りたいと思っていた時、サントリー美術館で槍梅螺鈿(やりうめらでん)の重箱に出合いました。
江戸期(多分中期は下らないと思われますが漆器は時代が特定しにくいものです)のもので一番上が薄く二、三段目は同じ深さで中位、一番下の段はかなり深くなっています。たて・よこ 7寸×7.5寸で謂る七五重です。使いやすそうな割振りでこの寸法にきめました。
輪島の奥田志郎さんと相談しながら、仕事をすすめました。
現在の上等と云われる重箱は、小口(上縁)の部分が面立ちになっているのがよいとされているのですが、少しの衝撃で欠けてしまわないかと不安でなりません。
奥田さんはこれを古い形に戻し面を出来るだけ落として、しかもキリリと見える角度に仕上げて下さいました。面をきっちり90度につくるのはむつかしい仕事で、その技術を珍重したい気持ちは解るのですが、使うものとしての価値は又別のところにあります。塗は真塗、内朱になっています。
装飾は長い間暖めていた地蒔に千鳥で。最初地蒔を本格的な塵蒔にしようと考え鑢粉(金をヤスリ様のもので削って面を取る粒状のもの)をつくって貰い、これを蒔いて貰いましたら十二回塗って磨いてもまだ金の粉が沈んで出て来ないという難儀な仕事になりました。これは深いところからさまざまの角度で金が光り効果的で美しい装飾なのですが、あまりにも手間がかかりすぎ、平安→鎌倉にあった技法でしたがこの仕事が廃絶してしまった理由がよく解ったのでした。東寺(教王護国寺)に残っている空海の袈裟箱などがこの塵蒔で出来ています。さまざまな試行錯誤の末、同じ効果のある平目粉を蒔くことにしました。その上に千鳥を飛ばしましたら地は雲にも水にも砂にも見え、仲々生き生きとした風景が出来上がりました。百匹近い千鳥が飛んでおります。
次代にうけ継いでいただく値打ちのある本当の意味のお道具(飾りものとしてではなく)です。
2008年10月