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『山形の豊かさ、まじめさ、美味しさを届けたい!』

1976年生まれの店長寺島(以下かめ店長)は山形に生まれ育ち、子供の時から知らず知らずのうちに山形の美味しさに触れていました。

全国的にも有名なさくらんぼ、とろける食感のラ・フランス、シャキッとおいしいりんごなど果物が豊富にあり、また米どころでもあるため毎朝、炊きたての美味しいご飯を食べ、昼は手作りの弁当、夜は家族団らんでの食事をして高校卒業まで18年間過ごしていました。ほとんど外食はなし。唯一の外食といえば、そば。そば処だけに土日の昼はそばを食べにいったことを覚えています。また、母の実家米沢に行ったときの昼は、出前の米沢ラーメン。夜は美味しい米沢牛をたらふく食べていました。なんて贅沢なのでしょう。そして父親はいつも晩酌で日本酒を飲み、まわりの大人たちも皆日本酒を飲んでいました。そんな"贅沢"な生活をしていながら、高校時代に、はじめて山形に上陸したマクドナルドに憧れ、コンビニで買い食いをするといういわゆるジャンクフードの味のも慣れ親しんでしまいました。祭りでは地元発のお好み焼き「どんどん焼き」を食べたくて、食べたくて親におねだりするも、親からは「うどん粉巻きは美味しくないから食べなくてもいい」といわれ、唯一買ってもらえる庶民フードは「玉こんにゃく」のみ。山形らしく豊かに育ちました。

1995年憧れの東京の大学に入学。山形市という狭い地域で18年間生きていた自分、そしてこれから広い世界で生きていく期待と不安に山形新幹線の中で大いに胸を膨らませました。以後9年半大学から社会人になり、八王子〜日暮里〜川崎〜戸塚へと4箇所が私の拠点でした。

9年半生活している中で様々なものに出会いました。一番はなんと言っても「食」。その中でもラーメンは特に食べ歩きをしました。ラーメン消費量全国No.1の山形県人は、DNAに組み込まれたか、なぜかラーメン好き。そば屋でもラーメン(いわゆる"しなそば")があるくらいですので、不思議ではありません。関東の美味しいといわれるラーメン屋をとんこつから醤油まで100軒近く行脚。特に八王子の「長浜ラーメン」、センター北の「くじら軒」、高座渋谷の「中村屋」はよく覚えています。

もう一つは日本酒。学生時代の冬のアルバイトは住み込みで3ヶ月蔵王温泉スキー場へ。4年間大変お世話になりました。初めて飲んだお酒が山形酒田の酒王「初孫」。何でも新潟の「越の寒梅」というお酒に似ているということで、毎日浴びるように飲まされて?いました。2年目の行く年来る年は新潟六日町の「八海山」を飲み、水のような飲み口に感動したことを今でも覚えています。それだけ山形の酒に複雑な味があったのでしょうね・・・

学生の4年間を終え、社会人1年目。正月休みに母の実家米沢で飲んだ「出羽桜 桜花吟醸本生」を飲み、日本酒の旨さに目覚めてしまいました。

それ以降、飲み会があるごとに日本酒を飲むも、あの衝撃的な日本酒にはなかなか出会えない。なんでだろう?どうしてだろう?と想いながら様々なお酒と出会う場を求めました。

最後に出会ったもう一つ。それは旬です。山形は歴代最高気温記録40.8℃を記録した土地。夏は暑く冬は樹氷ができるほど寒い。四方八方は山に囲まれた盆地です。そんな盆地だからこそある季節のメリハリ。春夏秋冬。人間にとっては過酷な環境ではありますが、野菜や果物にとっては寒暖の差は"旨み"を生み出す最大の要素なのです。八百屋さんや近くのスーパーでは春には山菜と筍が一気に棚をうめ、夏には胡瓜となす、そしてトマトのオンパレード、秋にはきのこが溢れ、冬にはハタハタと寒鱈が鮮魚コーナーを占める。これが関東のスーパーでは通年同じ野菜、果物、魚が並んでいる。この野菜の旬はいつなのだろう?と忘れてしまうほどでした。

この3つの出会いが山形に戻ったとき必ずや山形の食・酒・旬の食材を全国に広げたいと思い、「まるごと山形」を立ち上げる動機となりました。

「山形の食」は誠実に美味しいものを追求している、春夏秋冬がはっきりしている山形にとって、旬の食材を楽しむ喜びそしてそれに合わせる地酒はなおさら美味しいということ。旬を楽しむ山形の人々は決して愛想がいい、接客が上手であるとはいえません。しかしお客様を大切にする「おもてなしの心」と「やさしさ」を持ち、素朴で誠実な山形がそこにはあるのです。県外で9年半生活してはじめてその良さがわかり、地元から発信したいという気持ちを駆り立てたのです。

2005年4月11日に念願のオープンをむかえ、悪戦苦闘しながら日々地元の日本酒や地元以外の日本酒を堪能し、山形の食文化を一歩一歩追及しています。


『日本酒の味を知ることは味覚を鍛えること』

とはいえ、日本酒のことは全くの素人の私。酒販免許取得後酒蔵を巡り、酒の造り方、設備、酒蔵の考え方一から見て聞いてまわりました。それと同時にきき酒のやり方を勉強する日々。全国新酒鑑評会や酒販店主催のきき酒会にも参加。目と鼻、そして舌で感じるこのきき酒こそが、味覚の鍛錬となり、美味しいものへの追求をさらに強くしました。


『山形の日本酒事情と恵まれた環境』

日本酒は日本人と日本食に最も適したお酒です。原料は米・麹・水のみ(一部醸造アルコールを添加)。米が原料ということは、我々の主食と同じ。

山形には57もの酒蔵があり、味わいのある芳醇淡麗なお酒を醸しています。隣県の米どころ新潟や秋田、福島に比べ小規模の造り酒屋が多いのは、1970年代の日本酒ブームで山形のお酒が売れなかったから。十分な設備投資ができず、小規模で手造りのお酒を地元に提供していました。そんな山形の日本酒が脚光を浴び始めたのは、1990年代の吟醸酒ブームから。芳醇で香りの高いお酒が主流となり、丁寧にお酒を造っていた山形の「吟醸酒」が日の目を見るようになったのです。それには、山形県民の協調する県民性が各蔵元と情報交換の場を生み出し、山形県工業技術センターが中心となり、醸造技術の研鑽を重ねた結果といえます。

山形の日本酒が目指している方向は「飲んで美味しい酒」。香りが強すぎても、酸味が強すぎてもだめ。バランスがいいことが飲み飽きしない味のある日本酒だとおもいます。

現在山形の酒蔵は世代交代が進み、同世代の若者達が酒造りに取り組んでいます。県外の有名杜氏集団に頼らない山形県は、地元杜氏がすばらしい酒を造るために日夜努力をしているのです。その成果は確実に出ています。2004年には全国新酒鑑評会で全国1位の金賞受賞数を誇り、酒類関係専門誌出版のフルネット主催2008年「飲食店が選ぶ日本酒好感度No.1」にも選ばれています。山形の日本酒をもっともっと全国、全世界の皆様に知ってほしい、そんな想いをもってのぞんでいます。

ただ、日本酒を飲む人口は1970年代をピークに減り続け、いまやアルコール全体の7%〜8%しかいないという現状です。日本人の生活に古くから密着し、これからも発展を遂げ日本酒が嗜好品ではなく、幅ひろく飲まれるそんなお酒の一つであってほしい、そんなことを常々おもうところです。


『まるごと山形のコンセプト』

 山形の特産品をインターネットを通じて販売し、魅力ある情報提供をすること。

 山形へ集客拠点を作ること。

 山形に足を運ぶことができるコミュニティを運営すること。

地元山形を大事にすること。


『かめ店長の使命』

日本酒の美味しさを多くの人に知ってもらうこと。

山形の食材の美味しさを多くの人に知ってもらうこと。

山形の良さを多くの人に知ってもらうこと。

こんなキモチで妻千絵子とともに立ち上げました。現在地元出身の栂野さん、鈴木さん、県外出身の塩原さんとともに日々美味しい山形のものを探し奮闘中。どうぞ末永く宜しくお願いします。