ヘルプ / 不適切な商品を報告
炭鉱の町としての歴史とともに
福岡県粕屋郡志免町は、もともとは炭鉱の町。かつては、町内に数か所の炭鉱があったといいます。 そこで働く人たちのお弁当箱として、曲物が愛用され、親しまれてきました。 大正から昭和の初めにかけて盛んに行われていた曲物づくりも、ブリキやアルミニウムの 普及によって徐々に需要が減少。福岡で、当時は20軒以上もあった曲物も、 今では1軒のみになりました。まさに、唯一無二の貴重なものとなりましたが、 この伝統を絶やしたくないという強い願いのもと、技術が守り継がれています。
近年、さらに人気が高まっている曲物
博多曲物(はかたまげもの)は、杉やヒノキの板を削り、熱を加えて曲げて、 それを桜の皮で綴じて作られる木の工芸品。 博多では「まげもの」ですが、「まげわっぱ」「めんぱ」「ひつこ」「もっそ」など、地域によって呼び方が異なります。 金属類が一切使われていないため、とても軽く、お手入れ次第では何十年も使えるほど長持ちします。 素材の木が水分や温度を適度に保ってくれるうえ、木の肌で、料理を美味しく見せてくれる優れもの。 近年、その良さが見直されており、愛用する方が増えてきています。
400年以上の伝統を守り継ぐ、十八代目、柴田玉樹氏
博多曲物の始まりは、神前に供える祭具づくり。筥崎八幡宮の神人たちが、 神前に供える祭具の中で、木器の曲物を家内工芸にし、それを伝えてきたといわれています。 この伝統を守りつつも、時代の変化に応えながら、博多の町で400年以上曲物を作り続けてきた柴田家。 柴田家は、初代吉衛門以来、代々長男が後を継いできました。 十七代目である父が亡くなった後も、代々続く家業を守り継ぐことを決意し、 女性の職人となったのが、現在の十八代目 柴田玉樹氏です。 代々の職人から受け継いだ博多曲物づくりの基本を守りながら、常に時代に合った曲物を作り続けています。
木を大切に思う気持ちを込めて、すべての工程を丁寧に
曲物が出来上がるまでの工程は、シンプルながら綿密さが必要。 神経を研ぎ澄ませながら、すべての工程を進めなければなりません。 まずは、素材となる木材の用意です。 最低1年以上乾燥させた木の切り口を整え、木の目を読みながら削ります。 博多曲物の材は、目が詰まり、まっすぐに伸びた「無節柾目」が約束事。 材を見極められる目が、とても重要です。
作るものに応じた大きさに断裁し、厚みも調整。 その後、湯に板を漬けて10〜30分ほど煮ることで、木に加工のための柔軟性を与えます。 それを素早く巻木に巻きつけ、反対からも巻きつけて板の目を合わせると、綺麗な円形に。 合わせ目を木挟ではさんでかたちを整え、日陰で4〜5日間乾燥させることでなじませていきます。 重なる部分に糊を塗り、孔をあけて桜の皮で綴じれば、側面は出来上がり。 底板をはめて磨きをかけ、製品によっては絵付けをすればついに完成です。 塗りを施さない博多曲物は、軽くて通気性が抜群。ご飯も傷みにくくなります。 柴田氏は、素木の木肌の手触りや、ほのかな木の香りの心地よさを知ってほしいという想いを込め、 製品を丁寧に作り続けています。
並び替え
1件 〜 13件 (全 13件)
価格や送料は、商品のサイズや色によって異なる場合があります。