会社創設者:増田博
私と一輪車の出会い
1978年の春ころ、私は事務所でアメリカの分厚いシアズローバックの通信販売カタログを見ているときに、10センチ平方くらいのスペースに10歳くらいの少年が一輪車にまたがって、スキーのストックを両手に持った写真を見つけました。傍らに「お孫さんのクリスマスプレゼントに最適」とあり、早速、一輪車を日本で求められないか探し求めました。そして、ミヤタ自転車がアメリカ向けに少量生産していることが分かり、仲間と2台購入して事務所の屋上の手すりにつかまりながら夢中で練習したのが私と一輪車の出会いでした。
毎日、30分くらい練習するうちに、一週間後に手すりを離れてふらふらと走り出しました。その時、38歳の私は何ともいわれぬ不思議な感動を味わいました。考えてみると、私たち人間は有史以来、地球と一点で接しながら移動した経験はありませんでした。
その感動と経験が中年のおじさんをも、揺さぶったのでしょうと思います。
それから30年以上経ちましたが、文部省の「学習指導要領体育指導書」に採用され
ほとんど全ての小学校で導入され、一輪車に乗った何百万人の子供たちもきっと私の経験した不思議な感動を共有したと確信しました。
この時以来、現在まで公益社団法人日本一輪車協会の監事として微力ながら一輪車の普及にかかわり、一輪車の販売を継続する中で、もうひとつうれしいことがあります。
それは一輪車に乗れた子は、その難しさを克服した自信から、乗れなくて苦労している子供に熱心に指導してあげるやさしさを発見します。とかくイジメの問題が多角化するなかで、ホットする光景です。
この素晴らしい一輪車スポーツを是非あなたの大事なお子様と一緒に楽しみ、暖かな家庭を築かれることを心から熱望いたします。
昭和54年3月24日撮影 赤坂プリンスホテルにて 54年FISワールドカップ大回転で10戦全勝の無敵ぶりを発揮したステンマルク氏
初代一輪車の写真