著者:クリスティアンフェルバー
翻訳者:池田憲昭
A5判/並製/280ページ
2022年12月15日 初版発行
地球温暖化、気候変動、貧困、格差、生きづらさ……
グローバルな資本主義の市場経済システムの呪縛を超えて、人間の
「尊厳」と「信頼」と「協力」にもとづく、もう一つの市場経済へ。
市民と自治体と中小企業が主体となった運動が始まっています。
その震源となっている名著が翻訳されました。
〈目次〉
第1章 短い分析
第2章 公共善エコノミーの核
第3章 公共財としてのお金
第4章 所有
第5章 モチベーションと意義
第6章 デモクラシーのさらなる発展
第7章 事例、類似例、模範例
第8章 実践の戦略
[付録1] 数字とデータ:公共善エコノミー運動の現在
[付録2] 民主的経済コンベントの根幹となる問い
〈著者からのメッセージ〉
奇妙だ。本来であれば、私たちの共同生活の「北極星」、すなわち、共同生活における指針となるものに価値が付与されるべきなのに、今日の経済においては、私たちの日常的な人間関係において大切なものとまったく異なる価値が重んじられている。
交友関係や日常的な人同士の交流においては、信頼、誠実、尊重、リスペクト(敬意)、傾聴、思いやり、協力、相互援助、分かち合い、といった人間的な価値が尊ばれ、実践されるとき、私たちは幸福感を得る。「自由」な市場経済はしかし、利益追求と競争というシステム上のルールに基づいて動いている。これは、エゴ、欲望、貪欲、妬み、傍若無人、無責任を刺激し、促進する。
人間的な共同生活と経済活動の間にあるこの大きな矛盾は、複合的もしくは多義的な現代社会の単なる上辺の欠点ではない。文化的に深く食い込むクサビである。私たちを内部から分断する。個人的にも、社会的にも。(本書「第1章 短い分析」より)
〈訳者あとがき〉
『公共善エコノミー』はオーストリア・ウィーン在住のクリスティアン・フェルバーが、2010年に同名の本によって提唱した、新しい市場経済のコンセプトである。2018年には改訂版の文庫本も出版されるロングセラーになり、今年2022年暮れに出版されるフランス語版と日本語版を含め、8カ国語に翻訳され、14カ国で出版されている。
私がこの本に出会ったきっかけは、2019年末に岩手県中小企業同友会の視察団と一緒に訪問した、ドイツ・フライブルク市にある豆腐工場タイフーンだった。ヨーロッパ産のビオ(有機認証)の大豆から豆腐を製造する設立1987年の老舗メーカーである。ここで製造される豆腐は、南西ドイツに暮らす、私の日本人家族の食卓に日常的に上がる必需品でもある。このタイフーン社が公共善エコノミーの運動に参加し、実践していた。
それで私は興味が湧き、原書を友人が経営する地元の本屋で購入し、読み始めた。突然世界を襲ったコロナ禍で、時間的な余裕ができたことも幸いして、私はこの本に没頭し、一気に読み切った。経済学や政治学の専門用語もたくさん出てくる専門書であるが、とても簡潔・明瞭に、そしてリズミカルに書かれた本だった。学者、作家、政治活動家、ダンサーという多様な顔を持つ著者の人間性が表れていた。専門的な内容の本であるにも関わらず、広く一般に読まれ、そして年々、世界的な運動として実践が広がっている理由がわかった。環境問題から貧困、社会格差の問題まで、現代の人間社会が抱える様々な問題がなぜ起こっているのか、その根本的な理由が、明快に整理・表現されていた。そして、それら深刻で危機的な各種問題を解決するためには、現在の私たちが乗っている資本主義的市場経済システムを、新しいシステムに転換しなければならない、というヴィジョンと、そこに行き着くための具体的な道筋が描かれていた。私はこの名著に大変感銘を受け、2021年春に出版した拙著『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』(Arch Joint Vision)でも随所に、『公共善エコノミー』の記述を引用させてもらった。
翻訳の仕事はこれまで、学術論文や記事など、時々頼まれて行っていたが、書店に並べられる一般書の翻訳は初めてのことである。ロックダウンのなか、ドイツ黒い森の自宅でサナギのように静かな生活をしていた2020年の晩秋に私は、この本を私の祖国の言葉に翻訳したい、翻訳する意義がある、たぶんうまく翻訳できる、と強く思ったので、11月末に思い切って作者に直接メールしてみた。作者からは「君のメールは、思わぬクリスマスプレゼントだった。とても嬉しい」と直ぐにポジティブな返事が来て、日本語翻訳プロジェクトがスタートした。
最初の作業は、翻訳本の出版社を探すことだった。この本に出会うきっかけになった、私の長年のお客さんでパートナーである岩手県中小企業家同友会事務局長の菊田哲さんに相談した。『公共善エコノミー』の主役は中小企業である。もともとフェルバーも、意志を共にするオーストリアの中小企業のパイオニアたち(Attac(アタック)企業グループ)と一緒にこのコンセプトを作り上げた。菊田さんから直ぐに、宮崎県中小企業家同友会に所属する地域出版社の鉱脈社を紹介してもらった。宮崎の同友会メンバーも数名、過去に岩手のグループと一緒に来欧し、視察セミナーに参加されていたので、話は早かった。鉱脈社の代表取締役社長である川口敦己さんからは、私が作成した本の概要説明と第1章の試訳を読まれたあと、「翻訳して出版する価値がある本だと思う。紹介いただいてありがたい。ぜひ出版の方向で話を進めたい」と嬉しい回答をもらった。
そして間もなく、著作権を有するオーストリアのドイティケ・イム・ポール・ゾルネイ出版社(Deuticke im Paul Zsolnay Verlag)との契約プロセスへと作業が進んだ。作者によれば、『公共善エコノミー』のコンセプトは、日本の学術界でも数年前から知られていて、これまで何度か、日本語訳出版の話は持ち上がったようだが、様々な理由で出版には至らなかった。今回、『公共善エコノミー』の趣旨にもマッチした、社会的な使命感と哲学を持った、地に足がついた地域の小さな出版社がこの事業を引き受けてくれたことは、作者、翻訳者にとって、大変嬉しいことだった。
公共善エコノミーは、「尊厳」を重要なベースにしている。尊厳は、国連憲章や各国の憲法にも明記されている人間社会の根源的な価値である。ドイツの著名な脳神経生物学者で公共善エコノミー大使でもあるゲラルト・ヒューターは、科学的な知見から、尊厳が、人間の誰もが生まれ持った生物学的な資質であることを指摘している。ヒューターはまた、現代社会・経済の大きな原動力になっている「競争」は、生物進化論の観点から、人間の強みではない、と説明している。そして、人間が生まれながらにして持っている資質である「尊厳」と密接なつながりがあり、可塑性の高い脳を持つ人間が生物学的に得意な「協力」をベースにした社会の構築を提唱している。公共善エコノミーは、エゴや妬み、無責任さといった人間の弱みを助長する「競争」でなく、信頼やリスペクト(尊敬)、思いやり、といった人間の美徳がもとになった「協力」を原動力とする、倫理的な市場経済のコンセプトである。並行して存在する他の類似の理論やコンセプト、運動とも、排他的な「競争」をするのではなく、「協力」し、お互いに高め合うことを推奨している。
公共善エコノミーは、「公共善決算」という、事業体の総合的な経営評価ツールを有している実用的なものである。だからヨーロッパを起点に、世界中にその実践が広がっている。しかし、単なる新しい経済コンセプトではない。そのために必要な法的な枠組みと、「主権者デモクラシー」という、市民の主体的な政治参加(社会構築)システムも提唱している。学校教育に関する本質的な提案もある。ドイツの著名な環境ジャーナリストであるフランツ・アルトは、公共善エコノミーのことを「社会主義と資本主義の間に位置する実用的な第3の道」と評している。経済・政治・教育分野をつなぐ、ホリスティック(包括的)で具体的な道を、『公共善エコノミー』は簡潔・明瞭に描いている。
本書は、フランス語版の出版に際し、2018年に出版された文庫本『Gemeinwohl-Ökonomie(公共善エコノミー)』(Piper)に、ドイツ語の新版出版のために、2022年春、作者が改定・更新を加えた原稿を翻訳したものである。中欧を震源に、刻々と進化・発展し、拡大する公共善エコノミーの波の最新改訂版が、元のドイツ語版よりも先に日本語版で世の中に出ることは、翻訳者として非常に光栄なことだ。
作者と翻訳者は共に1972年生まれ。今年は2人とも50歳になるという、人生の節目を迎えている。この記念すべき年での日本語版の出版は、2人にとって、この上ない誕生日プレゼントでもある。このプレゼントに入ったメッセージが、危機から危機へと混迷する世の中で、多くの日本の読者にも伝播して、希望と勇気を与え、幸せな未来のための行動へと広がっていくことを願う。
[著者略歴]
クリスティアンフェルバー Christian Felber
1972年、オーストリア・ザルツブルク生まれ。ウィーン大学とマドリード大学で、ロマンス系文献学、政治学、心理学、社会学を学ぶ。Attacオーストリアの設立メンバー(2000年〜)。公共善エコノミー運動の創始者(2010年〜)。IASSポツダムのシニアフェロー(2018年〜)。ウィーン経済大学、グラーツ大学など複数の大学で客員講師。作家(1998年〜)、ダンスパフォーマー(2004年〜)。
[翻訳者略歴]
池田憲昭(いけだのりあき)
1972年、長崎県佐世保市生まれ。岩手大学でドイツ言語文化、ドイツ・フライブルク大学で森林環境学を学ぶ。フライブルク近郊のヴァルトキルヒ市を拠点に、環境分野のコンサルタント、異文化コミュニケーター、文筆家として、日独の架け橋となる仕事に従事。
私たちが心をこめて作っています。

鉱脈社は1972年に誕生し、2022年に50周年を迎えた、宮崎に根ざした出版社です。「月刊情報タウンみやざき」などの情報誌のほか、単行本やシリーズ書籍の出版、自費出版のお手伝いを手がけています。雑誌分野ではスタッフ一丸となって足で情報をかせぎ、書籍出版分野では著者様と力を合わせて納得のいく本づくりを心がけています。私たちが愛情込めて作った本を、ぜひ手に取ってみてください。