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松尾ジンギスカンのルーツ

1. 松尾ジンギスカン誕生秘話

私たちは、お客様から「松尾ジンギスカンって、なんで松尾っていうの?」と質問されることがよくあります。答えは「創業者が松尾政治(マサジ)なのでその名にちなんでつけられた名前ですよ。」ということです。

この創業者の松尾政治は、大変な苦労人でして、ジンギスカン店を始める前はここ滝川でバクロウという商売をしていました。バクロウというと農家から仔馬を買ってきたものを育てて農家に売るという馬の交換業といいますか、その当事はトラクターや自動車がまだ無い時代ですので、馬がトラクター自動車代わりだった時代だそうですので今風に言えば中古車のディーラーといったところでしょうか。このバクロウというのは浮き沈みの激しい商売で、家族は大変な貧乏で苦労をしたそうです。そんな生活のなか、政治はジンギスカンと運命的な出会いをします。

戦後まもなくのことでした。親戚で農家をやっていた長谷川さんというかたから、旨い物を食わせるからおいでというので行ってみたところ、井戸に吊るしてあったお肉を切って焼いて食べさせてくれたそうです。なぜ井戸に吊るしてあるかというと、当事まだ冷蔵庫も無い時代なので井戸につるして保存してあったそうです。その肉を焼いて1口食べたとたん「こんなうまいもんが世の中にあったんか!!」とびっくりしたそうです。これは商売になると確信した政治は、ご馳走してくれた長谷川さんにどうやって作るか教えてくれるように頼みました。でも、長谷川さんはいっこうに教えてくれません。まず「何の肉なのか?」と聞いても教えてくれません。それでもあきらめずに聞き、遂に根負けした長谷川さんが教えてくれたのが「これは緬羊だよ」ということでした。ここで、再度びっくりしたそうです。緬羊は羊毛を取るのが目的に飼育する羊のことで、綿羊の肉は癖があって食べても美味しくない、捨てるものというのが常識だったからなのです。

果物や野菜を使った特製のタレに漬け込むことで、癖があって食べられない羊肉が美味しいジンギスカンになることがわかったのです。これが、創業者政治が始めてジンギスカンに出会った瞬間でした。

その日から政治は、長谷川さんに教えてもらったジンギスカンのレシピを元に、毎日タレのテストを行いしょうゆの量を増やしたり生姜を摺って足してみたりいろいろ自分で研究を行ないました。そして10年後、「これならいける!」と確信できるジンギスカンが出来上がり売り出すことになりました。そうして売り出されたのが「松尾ジンギスカン」です。昭和31年3月1日今から51年以上前のことでした。

51年前の創業当時とくらべ社会事情や技術革新など大きく変化していますが、手間ひまを掛けた製法の基本は昔も今も変わらず受け継がれています。

2. 創業まもなくの最大のピンチ

昭和31年3月1日に創業した松尾ジンギスカンですが、美味しいジンギスカンも出来た。馬小屋を改造して、看板もつけてお店の形もできた。あとはお客さんが来てくれればという状態で営業を始めましたが、全然お客さんが来ません。そうです。いくら美味しいジンギスカンだと自信の持てるものが出来ても、お客さんに買って食べてもらえなければ、美味しいかどうかも伝えることが出来ないのです。店の前の缶詰や駄菓子などの肉以外のものを置いて商店らしい店作りを工夫してみましたが、お客さんは一向にお店に訪れてくれません。

困り果てて、頭を悩ませていた政治の目に、あるときゴザを抱えてゾロゾロ歩くたくさんの人々が目に入ってきました。その人々は店の前を通り過ぎてどこかに向かって大勢で歩いているのです。どこに向かっているかを調べてみると、店から約2km先にある滝川公園というところに花見をするためにゴザを持って歩いていることがわかりました。その公園では飲めや歌えの花見の宴でとても賑わっていました。店の前を人々は通るだけで買ってくれない。悔しく思った政治は、ふとあるアイデアを思いつき、家にあるありったけの七輪をその公園に持ち込み、火をおこしました。公園に出張してジンギスカンを売ってみることにしたのです。七輪は無料で貸し出し、その上でジンギスカンを焼いてもらって松尾ジンギスカンの美味しさを伝えようと考えたのです。始めの注文が入るのが待てないので、親戚を呼んできて、まず宴会をしてもらいました。

外で七輪でジンギスカンを焼くと良い匂いがあたり一帯に広がります。その良い匂いにつられて「俺も」「俺も」と少しずつお客さんから注文が入り、七輪は全て出払っても間に合わないぐらいジンギスカンが売れ出しました。あまりの人気ぶりに、お客さん同士が喧嘩を始めるようになったそうです。なぜ喧嘩をしたかというと「あんたのところの七輪は、さっきから肉がのってないじゃないか、食べ終わったんだったら早く七輪を返せ!次はうちが借りる順番なんだ。」というやり取りで喧嘩になるような人気ぶりだったそうです。
それから、「花見でうまかったあのジンギスカン」ということで「松尾ジンギスカンは旨い」「旨いジンギスカンはあの店に行けば手に入るぞ」という評判が口コミで広まり、お店にもお客さんが少しずつ買いに来るようになりました。

このようにして、花見での人気をきっかけとして創業間もない頃の売れないピンチをなんとか乗り切ったおかげで、今日の松尾ジンギスカンは存在しています。創業者はじめ、先人の苦労とこれまで支えてくれたお客様のお陰で今日の松尾ジンギスカンは存在していることを思うと、感謝してもしきれない気持ちで一杯です。今に受け継がれています松尾ジンギスカンをこれからも、北海道名物として末永く受け継いで行きたい、「松尾ジンギスカンのおいしさを伝え、ひとりでも多くのお客様に喜んでもらいたい」それが私たちのお店の目的として今に受け継がれています。





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