| オレリアン・ヴェルデ Aurelien Verdet |
私の仕事は、畑でもカーブでも自然の力を信じ
テロワールを尊重すること。

凝縮×エレガント 父から受け継いだ自然栽培をコートドールで開花
コートドールの中心ニュイサンジョルジュ村から西に約10キロ、山道を走り抜けるとARCENANT(アルスナン)村に到着します。
1604年からこの地に住むヴェルデ家は、父アラン・ヴェルデが1971年よりビオロジック農法を開始し、ブルゴーニュの中でも自然栽培の先駆者として知られています。
オレリアンは18歳からの3年間、モーターバイクレースのフランスナショナルチームの選手として活躍していましたが、危険がつきまとう仕事であったため以前から興味のあったワイン造りに舵取りを変更、22歳で成人向けのワイン育成コースに入門します。
ちなみにワイン醸造家のダヴィッド・デュバンと草レースをする機会があり、彼がドメーヌで働くことを提案してくれたことが、転向のきっかけだったそうです。
ダヴィド・デュバンの元で働きながら、専門学校に通い、有機栽培を勉強。
ビオロジックさらにビオディナミ農法を学ぼうと研修先に選んだのは、ギィ・ボサールとマルク・アンジェリ、父から受け継いだ伝統をベースに更なる自然志向を深めて来ました。
ロワールで学んだことを、デュバンとの仕事でブルゴーニュ式へと転換し、改善を続けます。
デュバンからは、醸造の考え方を多く学びました。
アランのブドウで初めて醸造を手がけたのが2003年、翌年には引退を決意したアランから、オート・コート・ド・ニュイの畑とアルスナンの醸造所が受け渡されました。
2004年ヴィンテージで鮮烈なデビューを果たしたオレリアンは、ブルゴーニュの若手造り手の中でも実力派として認識されるようになり、多くの愛飲家の期待を一身に受けワイン造りに邁進してきました。
2008年にはブドウ購入が大変難しいとされるヴォーヌロマネの畑を幸運にも引き継ぐ機会に恵まれるなど、コートドールでのワイン造りにも情熱を傾けています。
自然志向と品質と価格のバランスを重視したワイン造り
「私より強い自然志向」と父のアランも太鼓判を押すオレリアンは、畑には自然肥料しか与えないことで土中の生命を活発化させ、そこから生まれるブドウの視覚、聴覚、味覚など官能特性を引き出しワインに表現しています。
高収量を避けるためブドウ樹は短く剪定、初夏には太陽の光を取り込むため部分的に葉摘みを行い、厳選した選果のもと手摘み収穫します。
2008年には最適な衛生状態を保つため醸造所を新装しました。
温度管理付のステンレスタンクを導入し、キュヴェゾン(浸漬)時のmout(果もろみ)の温度を完璧に保つことを重要視しています。
キュヴェゾンで色とタンニンを最大限に抽出する代わりに、タンニンが出過ぎないようピジャージュは控えています。
これらの作業は目が離せないので時間を要しますが、むやみやたらなブルゴーニュワインの価格高騰を疑問視するオレリアンは「だからこそ品質と価格が見合ったワイン造りをするべきだ」と言います。
醸造所の投資額は目を見張るもので、覚悟を据えたオレリアンの眼差しは2007年に会ったときよりも数倍光り輝き、また揺るぎないものへと変化していました。
繁忙期に家族の手を借りるぐらいでほとんどの作業を一人でこなし休みなしに働くオレリアン。
伝統と革新を地で行く、これからがますます楽しみな生産者です。
肩肘張らない自然体の完成度で、綿密なミネラル感、伸びやかな酸、上品な味わいが絶妙のシンフォニーを奏でます。
伝統的なオート・コート・ド・ニュイは言うまでもなく、ニュイ・サン・ジョルジュを代表とするコートドールのプリミエクリュと村名ワインは、その年々の気候条件を考慮し、それぞれのテロワールのキャラクターを見事に表現しています。
ブルゴーニュ自然派の大御所フレデリック・コサールから託されたドメーヌ
2022年より完全にドメーヌ・ド・シャソルネイのオーナーとなったオレリアン・ヴェルデ。
ドメーヌ・ド・シャソルネイは2019年から2021年ヴィンテージは、フレデリック・コサールによってサン・ロマンのセラーで醸造されていました。
フレッドはオレリアンに醸造技術のすべてを教えるために4年近くを費やし、2022年ヴィンテージからは、オレリアンが責任者となり、アルセナンの自身のセラーでドメーヌ・ド・シャソルネイの全ワインを醸造しています。
フレッドとパートナーシップを組んだ2019年以降、ワインの仕込み方法はシャソルネイ方式に大きくシフトし、新次元へと突入しました。
(以上、インポーター資料より)
