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【限定入荷】銘醸畑ヘンドリーの“トップキュヴェ”が、まさかの2'nd価格HRWラベルで出荷 オーパス・ワン、ロバート・モンダヴィの歴史に欠かせぬ存在にして、かのポートフォリオもここがあったからこそ。ナパ・ヴァレー産栽培家元詰めワインの頂に立つ一つ ヘンドリー ジンファンデル HRW ナパ・ヴァレー
▼ ヘンドリー・ヴィンヤード沿革・概要 開墾は1939年。当時、カリフォルニア大学バークレー校とデービス校(UCバークレー&UCデイヴィス)にて農学の教鞭をとっていたジョージ・ヘンドリーが、「ヘンドリー・ランチ」として切り拓く。当初の目的は農作物の品種改良、生育方法の研究等にあった為、様々な植物や果物を育てると共に、その一部に醸造用葡萄が植樹された。今日も畑の全ては開墾者一族により管理されている。 【ロバート・モンダヴィ|オーパス・ワンとの取引】 1960年代後半から70年代初頭にかけ、ワイン用葡萄の取引価格が上昇。ロバート・モンダヴィらの登場により、従来通りの「量」でなく、果実の「質」を重視する傾向が増した為である。時代の変化を感じ取ったジョージ・ヘンドリーは、葡萄栽培に専念することとなる。まずは地勢や土壌組成の違いに従い畑を50のブロックに区分けし、各処に異なる品種、台木、植樹年毎に栽培マネージメントを図った。結果、ヘンドリーの果実は更なる質の向上に至る。 その評判を耳にし訪れた人物がロバート・モンダヴィ。長期契約を申し出たモンダヴィは、やがて希望が叶い、自身が扱う二つの最上位品に向け、ヘンドリー産果実の使用を決めた。 そのワインこそが、ロバート・モンダヴィ カベルネ・ソーヴィニヨン “リザーヴ”とオーパス・ワン。 【ジュヌヴィエーヴ・ジャンセンとの出会い】 当時、オーパスワンの醸造現場にあって、実務上の最高職位にいた人物がジュヌヴィエーヴ・ジャンセン。2004年の身売りから現在に至るまで、ロバート・モンダヴィ・ワイナリーの最重要任務、“ト・カロン・プロジェクト”を率いる現醸造長である。代々続く醸造家の家系に生まれた彼女は、ボルドー大学で醸造学を修め、仏政府から農事功労勲章騎士賞を、またボンタン騎士3等勲章を授与された仏出身者。渡米後ナパ・ヴァレーを居と定めた女史は、まだ自社畑を持たないオーパス・ワンの為となる果実を探していた。そこで行き付いた先がヘンドリー・ヴィンヤード。群を抜く葡萄の質を目の当たりにして、ロバート・モンダヴィ翁による契約打診へと繋がる。 「この素晴らしいヘンドリー・ヴィンヤードのテロワールを自分の手でワインに表わしたい」 巨大ワイナリーの全てを賄うジュヌヴィエーヴには限られた時間しかない。そこで、良き友としても付き合いのあったジョージ・ヘンドリーに、ジュヌヴィエーヴは理想として描くワインの想いを伝える。その発案に真っ先に賛同したジョージ・ヘンドリーは、彼女の為に最高峰区画“ブロック8”の葡萄を用意した。そして生まれたワインがポートフォリオ。その出来栄えに感嘆の声をあげケース購入した人物が、オーパス・ワンの醸造部門を長く統率し、故ロバート・モンダヴィの意思を引き継いだ息子、ティム・モンダヴィであった。