カレラの歴史は今から30年前にさかのぼります

ジョシュ・ジェンセンはブルゴーニュワインに惚れ込んでしまい、自分のライフワークをピノ・ノワールにかけることを誓ったことからはじまります。
ジョシュ・ジェンセンはフランスのブルゴーニュでのワインつくりの師匠から"ピノ・ノワール "と"シャルドネ"は石灰質が肥沃な土地で素晴らしいバランスのワインが造ることが出来ることを学びました。
カリフォルニアでピノ・ノワールの最初の成功者となったジョシュ。今や、カリフォルニアのピノ・ノワールの巨匠とまで言われる彼は、フランスのブルゴーニュを越えるワインは絶対に造れないとまで言われていた定説を覆したことで有名になりました。1971年から2年の年月を費やして石灰岩がある土地を探しました。そして、ようやくサンフランシスコから南に 150キロ、大西洋から40キロメートル内陸に入った、カリフォルニアで最も高い標高 2,200フィートのマウント・ハーランの頂上近辺に石灰質が豊富にある冷涼な土地を見つけ出したのです。
1975年にジョシュはオリジナルとなるテロワールが少しずつ違う3つのパーセル・・・
リード・ヴィンヤードに5エーカー、セレック・ヴィンヤードに5エーカー、ジェンセン・ヴィンヤードの14エーカーのそれぞれにピノ・ノワールの葡萄を植えていきました。
1977年にヴィニヤードとホリスター市との中間で電気と電話の使用可能な醸造所建設の為の土地を購入しました。ジョシュは収穫した葡萄を醸造所の一番上まで車で運び、平地の醸造所で行われているポンプでくみ上げたりする方法ではなく、テラスの段差を利用したグラヴィティ・フロー(重力流動ワイン)による醸造所を造り始めました。

1978年から生産量は少ないけれどカリフォルニアにおいては上質なピノ・ノワールを造りはじめました。さらにジョシュは1982年には隣接している石灰岩がたくさんある300エーカーの土地を購入し、翌年1982年には2エーカーだけ白葡萄品種の"ヴィオニエ"を植えました。カリフォルニアにおいてヴィオニエという葡萄品種を選択した最初のワインメーカーです。
1984年に4番目のパーセルとなるミルズ・ヴィンヤード12エーカーとジョシュにとっては最初の"シャルドネ"を6エーカー植えたのです。1989年にはさらに"ヴィオニエ"を3エーカー植樹しました。
※「カレラ」はスペイン語で「石灰(ライムストーン)焼き窯」と言う意味です。
※「カレラ」はその3フィートの高さのある石灰焼き窯をロゴにマークとしているのです。
市場から2度消えたワイン?
一度目は稲垣吾郎主演のドラマ「ソムリエ」(1998年:原作は同名の漫画、城アラキ原作)で主人公がロマネコンティと間違えるエピソードで、放映後見事なまでに市場から姿を消した。そしてこの春、今度はバラエティ番組「バリバリバリュー」で、ロマネコンティを超えるワインとして取り上げられた事で「カレラ・ジャンセン」は再び姿を消す事になった。
裏を返せばそれだけワインに関する情報を皆欲しているのだろう。最近でも様々なワイン漫画が刊行されている。
当店では15年も前からカレラのワインは取り揃えているが、メディアに取り上げられたりブームだからと入荷を増やしたり、値を上げるわけにはいかない。これからもコンスタントに提供していきたいからだし、それだけの価値のあるワインだからだ。
カリフォルニアでピノ・ノワールの最初の成功者となったジョシュ。今や、カリフォルニアのピノ・ノワールの巨匠とまで言われる彼は、フランスのブルゴーニュを越えるワインは絶対に造れないとまで言われていた定説を覆したことで有名になりました。1971年から2年の年月を費やして石灰岩がある土地を探しました。そして、ようやくサンフランシスコから南に 150キロ、大西洋から40キロメートル内陸に入った、カリフォルニアで最も高い標高 2,200フィートのマウント・ハーランの頂上近辺に石灰質が豊富にある冷涼な土地を見つけ出したのです。