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印傳の歴史

池田屋オリジナル印伝

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400年の歴史を持つ日本の革製品“印傳”。
知れば知るほど奥深く、人々に関わってきたたくさんの歴史が見えてきます。
昔も現在も、生活を豊かに彩ってきた伝統の革製品です。

印傳の歴史

甲州印傳。初めて聞く人には「何だろう?」と思わせる名前で、この名前から実物を連想しづらいネーミングですが、知る人ぞ知るネーミングでもあります。印傳とは鹿革に漆(他に顔料などもある)で柄付けした革製品のことです。「甲州」とはその字の如く「山梨県」のこと。そして「印傳」がその革製品の名称というわけです。ようするに甲府で作り続けられてきた伝統的な革製品のことなのです。

甲州印傳は今から400年ほど前、遠祖・上原勇七が鹿革に漆で柄付けする独特の方法を考案したのが始まりだと言われています。四方を山で囲まれた甲州(山梨県)は、古くから漆や鹿革を産出しており、甲州印傳が生まれ育つには最適の地だったようです。当時の印傳は鹿革に塗った漆のひび割れ模様を楽しんでいたようで、「地割れ印傳」や「松皮印傳」などと呼ばれていたようです。

印傳などの日本の革工芸の歴史をたどると、遠く奈良時代にふすべ技法で作られた文箱(現・東大寺蔵・国宝)にその源流が認められます。
戦国時代には、古来のふすべ技法や更紗技法を駆使した鎧や兜が武将たちの勇姿を飾り、江戸時代には庶民の間で、革羽織、莨(たばこ)入れ、巾着、早道、財布などがもてはやされ、粋を競い合っていたようです。

江戸時代後期の「甲府買物独案内」(1854年刊)によると、その当時、甲府城下には「印傳屋勇七(現・印傳屋上原勇七)」をはじめ、3軒の印傳細工所があったようです。  しかし長い年月の流れの中で「印傳屋上原勇七」だけが残りました。

上原家では代々家長「勇七」のみに家伝の秘法を口伝してきました。12代目までは門外不出とされてきたこれら秘法は、印傳の普及のため、現13代目からは広く公開されています。右の写真は「ふすべ」技法です。藁(わら)を燃やした煙で燻して色付けする技法です。ふすべ技法についてはこちらをご覧下さい。

名前の由来

「いんでん」と読みます。なんとも変わった名前ですが、印傳(いんでん)の名の由来は、印度伝来を略した(印伝)とも、"インデア"の変化した言葉とも言われています。地元山梨では昔から印度伝来説が伝えられているそうです。寛永年間(1624-1643年)に来航した外国人により印度(インド)産装飾革が幕府に上納された際に名づけられたと伝えられています。その後、それらを真似て国産化されるようになったものを印傳と呼ぶようになったようです。

名の由来が印度伝来でも印傳はれっきとした日本生まれの日本育ち。伝統や品質といった点でも海外の一流ブランドと肩を並べる日本を代表する革製品です。



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