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フェヴレ FAIVELEY
ネゴシアンと解されているフェヴレ社だが、自社畑産以外の葡萄でつくる、いわゆるネゴシアン・ワインは生産量全体の3割未満しかなく、逆に自社畑産の葡萄から生まれるドメーヌものが7割以上を占め、これは普通一般のネゴシアンが生産するワインの割合とは180度異なっている。
所有する120haにおよぶ広大な地所はほぼモレ・サン・ドニ全体に匹敵し、ブルゴーニュ地方で一、二を争う大ドメーヌというのが実際の姿で、8つのグラン・クリュに15銘柄のプルミエ・クリュを擁し、産するアペラシオンは50に上る。
初代ピエール・フェヴレにより、ニュイ・サン・ジョルジュの町に1825年設立されたフェヴレ社だが、ブルゴーニュ・ワインに果たした役割は単に一ネゴシアンというにとどまらない。1929年、米国に端を発した大恐慌の渦は遠くこのブルゴーニュ地方にも波及し、当然ワインも売れなく、多くの農村は疲弊に喘いだ。現当主エルワンの曽祖父にあたる4代目のジョルジュは、そんな窮状を打開しようと友人とさまざまなアイデアを実行に移し、1934年には、現在ブルゴーニュ地方で最大の親睦団体となっている、ラ・コンフレリー・デ・シュヴァリエ・デュ・タストヴァンの設立にこぎつける。また村毎におこなわれていたサン・ヴァンサンの祝祭も各村の持ち回りとして一大イヴェントに仕立て上げるなど、今日に続くブルゴーニュの隆盛のもとを築いた。
また、近年人気のエリアにコート・シャロネーズがあるが、なかでもメルキュレはその高い酒質で注目を集めている。フェヴレ社はこの地に早くから目を向け、その質の向上に寄与するとともに畑も多く所有してきた。今日では60ha弱と、総面積650haにおよぶメルキュレの1/10を占めるまでになり、フェヴレ社はこのアペラシオン随一の大地主となっているのである(プルミエ・クリュのクロ・デュ・ロワ以外の銘柄は全てモノポール)。
フェヴレ社の高い名声は、所有する畑の面積や歴史等々も然る事ながら、なんといっても生み出すワインの秀逸さにある。現在、7代目となる1979年生まれのエルワン・フェヴレ(2005年1月にフランソワ(写真)からエルワンに当主が交代した)が経営にあたるが、父フランソワの時代の1970年代半ば以降、質の向上を図るため数々の取り組みが始められた。
畑においては、健全な葡萄樹の育成と安定した樹齢を保つための植え替えのローテーションを徹底、またテロワールを十全に引き出すため土壌の分析をおこない、そのもてる力を葡萄果に凝縮させるため、芽掻き、ヴァンダンジュ・ヴェールトなど収量の抑制に加え収穫の際の選果も徹底し、最初は畑で次には醸造所内で選果台を用いて、という具合に2段階で腐敗、未熟果を除去。
発酵、熟成では長いマセラシオンによる多くの構成要素の抽出、加えて用いる新樽比率のアップ等々を図り、またコート・ドールのグラン・クリュ、プルミエ・クリュに関しては一切フィルターはかけずに樽から直接瓶詰め、という手法に替えた。その結果、今日のフェヴレ社が生むワインは以前に較べ、凝縮度を増しテロワール毎の異なりもよく反映したものとなり、より高い評価を受けるようになった。
最近も新たに購入したボーヌのモノポール、クロ・ド・レキュや貸し出していたジュヴレ・シャンベルタンのプルミエ・クリュ、クロ・デジザール(リュショットの北に接しているプルミエ・クリュで、0.6ha強の広さがあるフェヴレ社のモノポール。同社の所有だったが、50年間にわたって他の生産者に貸し出されていた)の生産を開始と、常に変化を遂げているフェヴレ社である。
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