「本当に起きるかどうか」ではなく「いつ起きるか」が問題ということで専門家の間で意見が一致している新型インフルエンザ。大きな被害が予想されているにもかかわらず、日本では有効な対策が取られているとは言い難い。各自が正確な知識と情報を身につけ、対策を講じることが必須である。
私は漢方も扱う歯科医師だが、1989年から5年間、大阪大学微生物病研究所細菌ウイルス部門(現癌発生研究部門発生遺伝学研究分野)で遺伝子組換えの研究の経験があり、ウイルスについても少し理解ができると自負している。
私は来るべき新型インフルエンザヘの備えを重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した2002年直後から訴えていた。当時は全く見向きもされなかったが、NHKスペシャルでも取り上げられるなど、ここにきてようやくその重要性が理解されだしたようである。
大被害をもたらすインフルエンザ感染爆発
インフルエンザはいわゆる風邪とは違う。いきなり38度を超える発熱があり、頭痛・関節痛・鼻水・せきやくしゃみなどのひどい呼吸器の症状が出るものをいう。ワクチンが普及した現在でも、年間約1000万人が罹患し、数1,000〜30,000万人が死亡している。
インフルエンザはこれまでパンデミック(感染爆発)が数10年に1回の間隔で発生し、人類に大きな被害をもたらしている。原因は、本来鳥だけに感染していた、つまり人類が全く抵抗を持っていなかった鳥インフルエンザウイルスの突然変異による人への感染である。
歴史上最大の被害は、1918年に発生したスペインかぜである。この時、日本国内ではわずか3週間で42%が罹患し、45万人が死亡したとされている。これだけの大被害をもたらしながらスペインかぜも含めて過去のインフルエンザはすべて弱毒性だった。一方、H5N1新型インフルエンザは強毒性とされる。
1997年に香港で鳥から人への感染が報告された直後より、この鳥インフルエンザウイルスが変異を繰り返し、人に感染する新型インフルエンザとなるのではないかと懸念されていた。現在インドネシアやエジプト、ベトナム、中国で猛威をふるっている鳥インフルエンザの確定症例数385のうち死亡症例数は243である(6月19日付のWHO報告による)。死亡率が実に63%という新種の鳥インフルエンザH5N1型はまさに今、鳥から人に感染するような変化を起こしはじめている。そして、数年前は42度で増殖していたが、現在では人の体温、すなわち36度で増殖するタイプに変化している。
若年者に多い重症例
新型インフルエンザに罹患した者はこれまでのインフルエンザとは全く違う、全身臓器の感染・サイトカインストーム(免疫異常反応)・多臓器不全などを起こし、最終的には死に至る。しかも、強毒性の鳥インフルエンザウイルスの毒性を決定する部位は、突然変異をいくら繰り返してもその性質が弱毒性に変わる確率は極めて少ないということが最近の研究で明らかになっている。
若年者に重症例が多いことも新型ウイルスの特徴である。特に乳幼児・児童と40歳未満の若年成人では感染も多く致死率も高い。50歳以上の致死率は最も低いのに対して、10代での致死率は70%を超える。
発症してから平均4日後に入院、そのうち5割以上の患者が5日後に死亡、すなわち発症してから9日後に死亡している。代謝や免疫反応が活発な若年者に強い生体防御反応が起こり、サイトカインストームが誘導されるのが原因と考えられる。
恐怖の空気感染
インフルエンザは、感染者の咳やくしゃみでウイルスを含んだつばが飛び散り、その飛沫を吸い込むと感染する。満員電車内で一人の感染者が5回咳をすると、一番遠くに離れている乗客も含め100%が罹患するとも言われている。
さらに恐ろしいのが空気感染である。ウイルスを含んだ微粒子の直径が5ミクロンより小さい場合は飛沫核といい、乾燥した環境などでは周りの水分がなくなり、ウイルスそのものに近い状態で空気中に漂っている。そして床・壁・ドアの取っ手・机・椅子・衣服・食器・食べ物などあらゆるものを介して直接あるいは間接的に呼吸器に入ってくる。このウイルス飛沫核を吸い込んでも感染は起こる。これが空気感染である。また、新型インフルエンザ発症者の70%には下痢や血便の症状が起こる。患者の便や血液にも大量のウイルスが含まれており、飛沫核発生の一因となる。
お粗末な日本の危機管理
米国は新型インフルエンザに対して多額の特別予算を組み、年々増額している。国を挙げて新型インフルエンザに立ち向かうことを宣言し、国民への知識の周知徹底・「ベットの下に粉ミルグとビスケットを」と寵城のための家庭備蓄の呼びかけ・プレパンデミックワクチンの全国民への供給計画・医療態勢整備・インフラが機能しなくなった時の対応策・教育方法など用意周到に準備している。「世界中で何があってもアメリカだけは生き残る」という強い意志で立ち向かっている。
新型インフルエンザについて、厚生労働省は国内で最初の患者発生からわずか2ヶ月の間に日本の人口の四分の一に相当する3200万人が罹患し、死亡率を2%とすると最大64万人が死亡すると予測している。にもかかわらず、日本政府の危機管理対策はワクチンや薬の供給計画、知識の周知徹底、医療体制整備などすべての点で立ち後れており、最大の被害を想定し、行動計画を立てる欧米とは対照的である。加えて「第一のワクチン」とも言われる正確な知識と情報を提供すべき日本のマスコミは、パニックを恐れ、もしくは幸運にも新型インフルエンザによる被害が予想を下回った時に「不必要に不安を煽った」と批判されることを恐れ、控えめどころか国民に安心感を与えるような報道を行っている。
政府にも国民にも「国家存亡の危機」という捉え方ができていないのが現状である以上、自分の身は自分自身で守らなければならない。以下、新型インフルエンザヘの具体的な備えについて解説する。正確な知識と情報を身につけ、家族や友人と共有し、皆で対策を講じる一助となることを切に期待する。
新型インフルエンザ対策
(1)パンデミックワクチン
新型インフルエンザのワクチンは罹患した人のウイルスを採取してからしか作る事はできない。今の日本の技術では国民全員にワクチン接種が可能になるまでパンデミックが発生してから最低半年かかる。その間に新型インフルエンザはどんどん広がり、多数の感染者と死者を出すだろう。
(2)プレパンデミックワクチン
現在の鳥インフルエヴザウイルスより作られたワクチン。新型ウイルスと形がよく似ているので効果が期待できる。副作用は不明。米国は既に全国民分を備蓄済だが、日本では現時点で2000万人分の備蓄に留まる。医療関係者やインフラ整備担当者が優先的に接種するよう計画されているが、実際の接種には一ヶ月以上かかると予想される。せめてプレパンデミックワクチンを日本国民全員に接種して欲しいものである。
(3)抗ウイルス剤
毎年流行する通常インフルエンザの治療にはノイラミニダーゼ阻害薬が用いられる。経口内服薬のタミフルと経口吸入薬のリレンザがある。
しかし、最近のインフルエンザでもタミフル耐性ウイルスが発見されており、新型インフルエンザにどれだけ効くかは未知数である。タミフルは発症してから48時間以内に内服しないと効果がない。新型インフルエンザの場合は投与量が通常の2倍で、投与期間も2倍、すなわち4倍量が必要だと言われている。この場合、現在の備蓄量では全く足りない。